Expert

~各界の開拓者より~

 

神代充史  JINDAI   MITSUSHI

トランペット演奏家・作編曲・音楽プロデュース

国立音楽大学器楽学科(トランペット専攻)

大学在学中からプロ活動開始

米軍横田基地の「Dino's Soul Strutts」に参加

歌手上條恒彦の専属バンド

「神代充史グループ」主宰

有馬徹&ノーチェ・クバーナに参加

自己のグループ「サルサ・プレーナ楽団」主宰

(全国1000ステージのコンサートを全国で展開)

ブラジル音楽に深く浸透・・・

ボサノバのグループ「JJSブラジル」を結成

​ミュージカル音楽制作 映像音楽 舞台音楽

TVドラマ CFと

音楽経歴は多岐にわたる

来る6/24(土)にはダンサーひびきみかのソロ公演の

音楽監督を務めるという多忙の中インタビューを

受けて頂いた

ー​まさに錚々たる日本のラテンバンドに参加されていますが神代さんがラテン音楽を志したきっかけ

 

と言うのは何かあるのでしょうか?

 

神代:僕はラテンバンドに関わったのはノーチェ・クバーナが初めてで、僕の頭の中には

 

  「自分のバンドを作るとしたらノーチェのような形態を」という構想があり、2年間のノーチェの

  

  後すぐに「サルサ・プレーナ楽団」というバンドを結成しました。

 

  最初ノーチェの若いメンバーで構成されていたので営業活動はできず、

  

  リハーサルバンドという形で練習ばかりやっていましたが徐々にノーチェのメンバーは抜けて

  フリーの身になり本格的な活動に入っていきます。

 

  もともとモンゴサンタマリア(ラテンパーカッショニスト)のようなことがやりたくて

 

  ジャズのプレイヤーを集めて再編成しました。

  1曲30分くらいやってしまう破天荒なバンドでキューバのイラケレのやり方をまねていました。

  表参道のサンビスタやクロコダイルが根城でした。

 

  サルサってなんだ?ということで始めたんですが

 

  「ソースだろ?サルサって・・・だったら自分流ってことじゃないの?」

 

  最初はサルサって何のことかわからなかったね。

  ただそれがキューバ音楽に由来しているということは分かっていたんですけどね。

 

  そこからキューバのソンという音楽形式を知ったんです。

 

  Sonora Matanceraというバンドがキューバにいるということを

 

  かのノーチェの有馬氏から聞いたんです。

 

  そして音源も借りてたくさんコピーしました。とにかくなんでも知ってやろうという気持ちだけです。

ーラテン音楽に随分惹かれていったようですね

神代:ラテンの前はアメリカの黒人音楽をずっとやっていたんです。

​  米軍横田基地で日本人とアメリカ人の混成バンドを結成して関東の米軍基地を回って演奏し

  十分に飯が食えていたんです。

  そのリーダーがディノという黒人でアフリカ系の黒人ではなくカリブ系の黒人なんです。

 

  あのハリーベラフォンテの雰囲気です。

 

  カリプソのステップっていうんですかねえ。うまいんですよ。

 

  それで黒人の血っていうのはアフリカだけではなく

 

  この西インド諸島にもあることを知ったわけです。

  そのディノの動きは完璧なラテンでした。

 

  とにかく彼はどんなタイトな16ビートの曲が流れても動きはラテンでした。

 

  身長195cmの大男がステップも軽く腰を振るんです・・・本当に感動しましたよ。

 

  それでアメリカ黒人音楽の後はラテンだと心に決めたわけです。

 

  黒人の身体能力ってすごいですよ。

  メンバーは全員兵隊だから素人です。

 

  3人のボーカルがスティービーワンダーの曲をそっくりコピーしてやるんですよ。

 

  もちろん日本人が真似るよりネイティブな英語だからそりゃ当然本物っぽいですよ。

  でもノリまでそうはならないと思っていたんですけど、ノリまで完璧なんです。

  日本人は絶対無理です。

  いくら上手に真似してもね。

  ラテンのノリというのは完全なアフタービートです。

  それも1,2の繰り返しですね。

 

  2拍子でアフタービートを作るには相当大きく乗らないとノリは生まれないでしょう。

  ラテン音楽のそこがすごいと思ったわけです。

​  僕はまずフィールドワークから始めたんです。

  85年頃からバカのように海外に行きましたよ。それくらいラテン音楽にはまっていったわけです。

  とにかく紐解きが好きなんです。

  どこからどうやって入ってきたのかとか、どういう派生の仕方をしたのか

 

  興味は尽きなくなってしまうんです。

 

  だから難しくて出来ないだろうけどやってみようという意識を持ってしまうんですね。

 

​ー音楽という抽象

​神代:音楽は表現芸術の中でもっとも抽象性の高いものだと思うんです。

 

  声、楽器、自然音、その他耳から入る音を感じる・・・そして身体(SHINTAI)に入って

 

  表現という過程を見ると身体で感じるということはPrimitiveな動きだと思うんです。

 

  それからこうやって身体を動かしたいという動作はすでにPrimitiveな表現ではなく、

 

  そこからは人間の脳動作の根幹だと思うんです。

​  音楽を耳にすると体が動くというのはどういうことかというと、

  音楽が表現方法として抽象世界を持っているからだと思うのです、、

  だから音楽は自分のロジックを構築したり頭で志向を重ねることは出来るんだけど

 

  身体行動はそれができないと思うのです、、、

  だから振付が登場して「ああせいこうせい」が出た時点で身体は「作られるもの」として

  為政者や権力者のための「美しいもの、妖艶なもの」の象徴として「舞踏」が出来上がったんだな

  

  と考えたんです。

  ブラジルの街角やキューバの街角で音楽にのせて自由に踊る姿は本当に素晴らしいんですよ。

  (振付師がいないからね)

  それで最近は舞踏が改めてすごい芸術表現だなと感じるようになってきているのです。

  それは何故かというと舞踏の世界は自分の精神・肉体を一度ゼロにしてしまう。

 

  ないものと考えたところから始めて、自分の持っている舞踏技術もゼロにしてしまう。

  そしてそこから自分なりのロジック(バックの音も含めて)を構築していくのだと思うのです。

  こういうことを信念としてやり遂げた人がチャンピオンだと思うのです。

 

  

  例えば大野一雄=舞踏というロジックでやる人たち、また見る人たちは

 

  「大野一雄風でないと舞踏じゃない!」など本末転倒を叫びだす・・

 

  この時点で批評家も実演家もダメです。

 

  

  それから抽象芸術を前衛芸術といいますが、これは「新しいもの」をやるというより

  「わけのわからないものを」やるといった方が分かりやすいですね。

  さっきの話のように自分の学習した知性の範囲で考える芸術と全く異質の芸術ということですが

 

  いくらなんでも舞踏表現の学習が出来ていない人に見せても相当変わり者でない限り

  「素晴らしいもの」とは思わないでしょう。

  また学習してきた人は「〇〇風」で頭で理解して終わったり、また自分の感性をえぐられるような

  感動をしたと思う人もいると思います。

  僕の思考は「ゆえに前衛芸術は幅広い層にぶつけられる」と思うわけです。

  

  芸術に対する経験不足の子供や知的発達が遅れている人には

 

  前衛芸術ほど感動をあらわにします。

  それはやはり脳を飛び越えて身体に直接感動同化をするからだと思うのですね

  音楽はこれだと限定することには大きな違和感がありますね。

  音楽家はなんでも音楽です。

  僕は歌謡曲の世界からサーカスバンド、競技ダンス、ラテンバンド、ソウルバンドを

  トランペットで、舞踏音楽、映像音楽、舞台音楽は作編曲でやってきたから

  

​  キャパは広すぎるほど広いのです。

ー競技ダンスと音楽

ー神代さんはノーチェ・クバーナで演奏されて競技ダンスと社交ダンスを見てこられたわけですが

神代:1979年武道館で行われた世界選手権で2年続けて演奏しました。

   

   これを見て一番驚いたのは「なるほどこういう踊りの世界があるのか」という奇異感でした。

   

   結論としてはあまり音楽との連続性に乏しい絵ずらでしたね。

  

   BGMとしての音楽としかとらえらえていないというか演奏をしていて「おっ!」という

  

   動きは感じませんでした。

​   僕はクラッシックバレエが好きで70年代にモスクワのボリショイ劇場へプリセツカヤの

   「アンナカレーニナ」の初演を見に行きました。

   バレエというのは作曲家がバレエのための音楽作品を作り、

 

   振付師が舞台用にダンス創作する。 

   つまりこの両頭の描く舞台が卓越したダンサーによってでき上がります。

 

   これが逆でバレエ振付があって音楽があるとどうなるか想像してください。

   とってもやりにくい構図が想像できます。

  

   さっきも述べたように音楽の幅広い抽象性で振付の思考の幅が広がっていくわけです。

  

   競技ダンスを見たときそういうロジックの苦悩というのは全く見えなかったです。

  

   なんとなく音楽があり、なんとなく決められた振りがこなされ、、、そうですねスポーツの世界と

   

   共通しているように思いました(床運動とかフィギュアの世界)

   

   競技ダンスに芸術性は必要ないのであれば音楽に関する造詣は深くなる必要はありませんね

   

   中途半端に関わるのはお互いに不幸になりますから、、、(笑)

 

   その当時、マイケルジャクソンというスーパースターが出てきて巷のポップダンスが

   変わり始めてきていました。

  

   16ビートに対してとてもタイトでスピード感のある世界を作っていました。

  

   そんな流行をしり目に競技ダンスのワルツやフォックスなどは美しいなあと思いました。

   最近世界選手権の映像を見たのですが、日本人の踊りに比べ外国人(それがアジアでも)

   は音楽を体の芯で受け止めているなぁと感じました。

  

   日本人の形は異口同音同じ感じに見えましたね。

   なぜだろうかとも思いましたがすごく狭いところで音楽や身体をロジックとして

  

   とらえているのではないかと思うのです。

  

   日本人のような身体表現なら音楽はメトロノームカウントだけでも

 

   優劣がつけられると感じましたね。

   総論として僕は音楽と身体についての探求をこれからもあらゆる形で深めていこうと

  

   思っています。

   この何年かひびきみか氏とコラボを続けている中で生まれ出たことがたくさんあります。

   競技ダンスに専念する皆さんの音楽的な領域や身体表現はキャパが広ければ広いほど

 

   自分の英知を生かすことができると思います。

   ぜひ大きな一歩を。

​   JINDAI

   

​   

   太古において音楽と踊りはともにあった

   

   それは人間にのみ開かれた創造の世界である

 

   さらなる探求の先にはどのような風景画広がっているのだろう、、、

   

   AkihikoSato.comでは「音楽と身体」 「競技ダンスと音楽」などをテーマに

   神代充史氏と競技選手との対談等を予定しています

  

   

  

  

   

  

  

 

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